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【玉城村字玉城のタマ】

 友人のTさんの工房とすぐ隣の玉城公民館の間の畑の垣にこんな掲示が掲げられた。
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 昨日(05/12/13)の朝刊によれば、不発弾は米国製5inch艦砲弾。避難範囲は半径230mで五世帯21人が避難する、とある。
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 五世帯のうちの一世帯四名がTさん宅である。二日前に東京から帰ったばかりの私は土産を持って処理終了を待った。交通規制が解除になってすぐ尋ねると、自宅向かいの工房でいつものように作業している。「もう帰ってきたの?早い!」というと、「道を挟んでこちら側は避難地区ではなかった」とのこと。なるほどさっきの掲示の地図をよくよく見ると自宅は避難地域、工房は赤い円周の外だ。円の中心は「ほらこの前、モンゴルパンの会をやったところ」とのことで早速行ってみた。
 海岸に遊びに行くときによく使う駐車スペースには陸上自衛隊の車が三台、2m×3m、深さ2m位の穴が掘られている。「地中に埋まっていた不発弾を処理したんだ」と思ったが違っていた。帰りがけの自衛官に尋ねるとこんな返事が返ってきた。
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…この穴は処理作業用に掘ったもので、発見場所ではない。海岸にあった砲弾を誰かが通報した。今日はこの穴で信管を飛ばす作業(それを安全化処理と呼ぶらしい)をした…海に洗われ錆びてはいても火薬を保護している真鍮などは強いもので、60年経った今でも火薬は効力を減じていない…慶良間の海岸などに多いのです…
 帰りにTさんに話しに行くとテント撤収の作業などが公民館で行われていた。
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 明日、いや今日、私がそしてあなたがそこの海岸で見つけるかも知れない、鉄の暴風の残骸。60年の歴史を見てきたタマのお話しでした。
【写真は05/12/14午前 撮影】
(三枚目の写真で左の緑の中にある木造の建物はごぞんじ「山ノ茶屋=楽水」です)

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